<メディア・バイアス/あやしい健康情報とニセ科学>を読んだ



メディア・バイアス/あやしい健康情報とニセ科学
著者の松永和紀氏は、農業・食品・環境が専門分野の科学ライターです。食をめぐる報道や、マスメディアによる科学情報の扱いについて、かねてよりその問題点を指摘し続けています。
この本では健康情報番組の嘘、添加物バッシングの罪、自然志向の罠などをテーマとして取り上げ、いかに報道が科学をゆがめるのかについて、具体的な事例を深く掘り下げ、科学的に読み解いていきます。
■量を無視した議論はナンセンス
ある食品成分や化学物質が、体に良いのか?悪いのか?という話については、二元論には意味がなく、その「量」の問題を無視しては語ることができないと指摘します。
あるひとつの化学物質を、人間が食べても安全な量、これを人の一日摂取許容量(ADI)というのですが、これは、まず、複数種の動物を使って、その物質を一生涯にわたって毎日摂取しても影響が出ないという量、「無毒性量(NOAEL)」を実験的につきとめます。その動物実験で得られた無毒性量に100分の1をかけた数字を、人の一日摂取許容量としています(物質の特性によっては、1000分の1をかける場合もあります)。
つまり、ある食品に基準値を超える農薬が検出されたということは、それを食べた人に直ちに健康影響が出るということを意味しません。化学物質の基準値は、かなり安全寄りの考えをもとに決定されています。それがマスメディアの報道では、量を無視した、その化学物質の毒性にのみ注目したセンセーショナルなニュースとなってしまいます。
例えば「塩」は、大人の一日摂取量の目安は10gですが、塩の「致死量」は約30~300gとなります。安全に食べられる食品が、量によっては死に至る毒物となるわけです。
ちなみに、1999年にベストセラーとなった「買ってはいけない(週刊金曜日)」という本は、この量の問題を無視して危険性を語るというトリックを使った本だそうです。
また、糖尿病を防ぐためにはタマネギとシナモンが効果的という説が、とある健康情報番組で紹介されたそうですが、その根拠であるという学術論文を見てみると、タマネギの場合は動物実験の結果であり、人間に換算すると一日50kgのタマネギを食べないと効果が現れないという計算になり、シナモンの場合は、一日1g(約50振り)摂取した時に効果が現れたという論文です。ちなみに、シナモンにはクマリンという肝障害を起こす物質も含まれているため、大量摂取した場合には健康被害があると指摘されています。
■リスクとベネフィットを比べる
「DDT」といえば、戦後にノミ・シラミ対策として使われてきた殺虫剤で、今は使用が禁止されている危険性の高い薬品というイメージです。ところが、2006年よりWHO(世界保健機構)が、アフリカのマラリア予防にDDTを利用することを推奨しています。家の内壁にDDTをスプレーしておくと、夜に蚊がそこにとまって死ぬことにより、マラリア感染をかなりの割合で予防できるのです。
DDTは、環境蓄積性や発がん性が指摘されている殺虫剤ですが、WHOは様々な研究成果を検討した結果、「家の内壁にスプレーする方法であれば、ヒトや野生生物に危害を与えることはない。そのリスクをはるかに上回る、マラリア予防という大きなベネフィットがある」と判断しました。
そもそも「リスクのないところにはベネフィットはない」ということは、普遍的に言えるのではないでしょうか。現代社会の便利・安全・健康といったものは、実は、リスクと引き替えに手に入れたベネフィットの成果だと表現できます。自動車などまさにそうで、交通事故というリスクを前提として、移動の便利さというベネフィットを手に入れる道具です。あるいは医療や公衆衛生もそうですし、農薬や食品添加物にしてもそうです。
もちろんリスクは少ない方が良いのですが、全くのゼロにすることは不可能です。ありえないゼロリスクを求めるのではなく、できるだけ正確に客観的なリスクとベネフィットを比較検討することが大事です。
■メディア・バイアス
メディア報道はそもそも、「警鐘報道」の方向にバイアスが傾くものであり、それはそうすることにインセンティブが存在するからだ、という指摘です。「人が犬に噛まれるとニュースにならないが、犬が人に噛まれるとニュースになる」という言い方がありますが、そもそもニュースはレアで新しい事象を取り上げるものであり、平和より戦争、秩序より混乱、日常性より異常性など、読者を引きつけるセンセーショナルな話が前面に出てきます。
このような警鐘報道をジャーナリズムの重要な役割だと捉える人は多いでしょうが、その結果、安全である・問題はない、といった安心につながる情報は、メディアにとっては「価値の無いニュース」とみなされます。ひとつの警鐘報道が後に間違っていたことが分かったとしても、「警鐘をしたのだから」と免罪され、訂正報道が大きく扱われることはありません。
多面的な性質を持つものの中から、たった一つの弱点をとりあげて、ことさら大きく報道しても「危ない」報道として成立します。たった一人の学者が「危ない」と主張し、おおかたの学者が反論しているとしても、反論を無視すれば大々的な「危ない」ニュースになります。
安全であることを伝えるためには、様々な角度から微細に検討し、安全であるという証拠を積み重ねていかなければなりません。しかし、危険を伝えることは、非常にお手軽に出来てしまいます。
■あやしい健康情報
その他にも、環境ホルモン、化学物質過敏症、食品添加物、合成保存料・着色料、オーガニック食品、昔の日本の食生活、遺伝子組み換え作物、トランス脂肪酸、などのトピックについて、科学的な視点から解説しています。一概にこれらのものを良い・悪いの二元論でとらえられないことが分かります。
これらのトピックは、メディアのバイアスによりその危険性のみを過大に報道されており、そのセンセーショナルな部分だけを鵜呑みにしていた傾向は自分にもあったなと気づきました。
当然この本も、一定の著者のバイアスはあり、全部を鵜呑みにはできないとは思いますが、それでも、客観的で冷静な事実の見極めのために、非常に役立つ本であると思いました。

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