映画「孔雀 ―我が家の風景―」を見た



映画仲間のKさんから、「これ、面白いからおすすめ」とお借りしたDVDです。
DVDのパッケージや予告編の雰囲気から、NHK的な品行方正な美しいドラマを想像していたのですが、中身は真逆でした。
一言で言うと、これは「アメリンカン・ニューシネマ」であり、例えて言うなら、「北の国から」から、美しい風景と、綺麗な音楽と、楽しく明るいエピソードを取り除いたような家族ドラマです。
1970年後半の貧しい中国の田舎町が舞台なのですが、町の風景はモノクロで、薄汚れていて、全体的に雑然としています。人々の服装も質素なもので、出てくる食事もとても美味しそうには見えません。
そして、主役の家族たち、父と母、落下傘部隊の将校に恋する姉、知的障害がある兄、気弱な弟。それぞれのエピソードが積み重なり進んでいくのですが、本当に、ハッピーな出来事がひとつもないのです。何か行動を起こしても、この家族たちはいつも上手くいかず、空回りで、残念な結果に終わってしまいます。
全体のトーンとしては、シリアスなドラマなのですが、途中から、その繰り返される空回りを見ていると、これはコメディー映画でもあるのかな? とも感じてしまいました。また、家族全員そうなんですが、特にこのお姉さんの美人だけど薄幸そうな顔つきは印象に残ります。
このお姉さんの視点から、家族というものの抑圧の姿が描かれていきます。貧しい時代なので、自己実現できる仕事がそうそうあるわけでもなく、女性の自立は非情に難しく、家族に頼らざるを得ません。だけど、知的障害の兄がいることもあって、家族というものが自分を縛る重い鎖にもなっていきます。
でも、そんな貧乏な時代の幸薄い家族であっても、その時々には、小さな幸せがあり、交わす笑顔があり、ささやかな希望があります。
中島らもの言葉で、
「ただこうして生きてきてみるとわかるのだが、めったにはない、何十年に一回くらいしかないかもしれないが、『生きていてよかった』と思う夜がある。一度でもそういうことがあれば、その思いだけがあれば、あとはゴミクズみたいな日々であっても生きていける。」
というものがあります。
お姉さんが青い手作りの落下傘を自転車にくくりつけて、町を疾走するシーン。暗い絵が多いこの映画の中で、唯一といっていいくらい、鮮やかで、自由で、美しいシーンです。
思えば僕自身の人生も、良かれと思ってやった事が上手くいかず、空回りになることが多いですし、ゴミクズみたいな日々です。
……とまでは言いませんが(笑)、Facebookで垣間見る他人の人生ほどには、自分の人生は輝いていないことは確かかもしれません。
それでも、日々の中に小さな幸せはありますし、思い返すと心が温まるいくつかの美しい思い出も抱えているのです。それは、物質的な豊かさとは関係ない、他人との価値の比較でもない、「純粋な愛」ではないかと心密かに思っています。
勝ち組負け組という言葉がありましたが、生まれにハンディがあったとしても、負けたとしても、ついてないことが多くても、それでも続いていくところが人生のしんどい所ですよね。中島らもは、同じ事を別の表現でこう言っています。
「一生の中には必ず一度か二度『生きていてよかった』と思う瞬間があります。それは明日かもしれないし、三十年先かもわかりません。だからとりあえず今日はご飯を食べて明日まで生きてみることが大事なのです。」
公式サイト
http://eiga.com/official/kujaku/
予告編
https://www.youtube.com/watch?v=Q8i0vAfblzA

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